ナホトカ市(ロシア連邦沿海地方)
ナホトカ市の市章 |
1.地勢2.沿革3.自然4.行政 |
5.社会状況6.経済7.交通8.教育 |
9.スポーツ10.文化11.国際交流 |
1.地勢
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左の地図の中央がナホトカ(Находкаロシア語で「掘り出しもの」の意)湾。ナホトカ市の市街地(赤い部分)はナホトカ湾を囲むように形成されている。平地(白い部分)はパルチザンスク川に沿って北に延びている。等高線からも 分かるように丘陵が海岸線に接近している。西北に延びている道路(赤い線)は184km先のウラジオストク市に通じている。ナホトカ湾の西のナホトカ小湾にナホトカ港、南東のウランゲリ小湾にヴォストーチヌイ港が位置している。また、西端(地図の左側の切れている部分)のヴォストーク(Восток ロシア語で「東」の意)湾にはリヴァジャ町などが面している。 |
2.沿革
1)ロシアの黒竜江進出(*1) 東方への関心を強めていたロシアのニコライ1世は、1847年にムラヴィヨフ=アムールスキー(1809-81)を東シベリア総督に任命し、現地調査をさせた。ムラヴィヨフは、黒竜江の重要性に着目し、黒竜江地域に進出した。
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2)ロシアの満州進出 1860年に清はロシアの調停によって英仏両国との間で北京条約を結んだが、ロシアは講話を仲介した代償として愛琿条約では露清の共有地とされたウスリー江東岸から日本海にいたる土地40万平方キロを譲り受けた。これが沿海地方である(図2参照)。
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3)ムラヴィヨフの沿岸探査(*2)
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4)ナホトカの歴史
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(写真1(*2) 「アメリカ号」は排水量554トン、140馬力の推力をもつ3本マスト式の外車式 汽走艦で1856年ニューヨークで建造された。) |
(図3 「アメリカ号」の船員によって作成された最初のナホトカ湾の地図) |
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3.自然
ナホトカの行政区はナホトカ湾とヴォストーク湾という2つの湾岸に位置しており、市の中心部はトゥルドヌイ半島の北東と東に広がっている。海岸線は大きな湾曲に特徴 付けられる。岬や入り江は岩浜となっている。最も大きなナホトカ湾は幅が18kmを超え、水深は2〜32mに達している。ヴォストーチヌイ港があるウランゲリ湾は深く陸地に食い込んでおり、長さ3〜5km、深さ12〜20mで静穏である。 |
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(写真2 ナホトカ湾と、ナホトカの富士山と呼ばれている高さ318mのシストラー(Сестра、ロシア語で「姉妹」の意)山) |
行政区内には、7つの川が流れており、最大かつ最長の川はパルチザンスク川で、市の飲用水を供給している。ナホトカ近郊にある湖は主に数多くある入り江や湾の沿岸に位置している。起伏に富んだ地形で山々の平均的な高さは500〜600m、中には山頂が1300〜1500mに達するものある。近くにあるウスリースク・タイガは動植物の世界が描くコントラストによって感動を与える。ここでは、北方と南方の動植物が共存している。 日本海沿岸は、エビ、蠣、ウニその他の魚類の宝庫にもなっている。 |
4.行政
1)行政機関 ナホトカはロシア極東で最も大きな港湾都市のひとつである。1950年5月18日に市政施行後、重要な産業、文化の中心になった。 |
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| ナホトカ市議会は市政を構成する代議制の機関である。4年ごとに選挙され1999年からピリペンコ=ミハイル=ミハイロビッチ氏が議長を務めている。 市議会の代議員4人が沿海地方議会において、市民の利益を代表している。 政府の機関は、検事局、税関、連邦及び沿海地方財務局、内務局、軍事代表部、裁判所、国税監督局、年金基金支局、労働局、農地整理委員会、統計局、保健管理・医療社会保険センターによって代表されている。 |
(写真3 市行政府(左)と議会(右)庁舎) |
2)ナホトカ市長
オレグ=コリャージン=ゲンナジービッチ氏は、1954年12月15日ルーマニアの国境の近くにあるウクライナのラホフ市の生まれである。レニングラード工科大学、現在のウスチーノフ記念国立バルチック大学を卒業している。1978年機械エンジニアの学位を得て、キルギスタンのフルンゼ市にあるレーニン記念工場に配属された。1983年にはハバロフスク地方のアムール市にある工場「ヴィムペル(Вымпел)」のオートメーション製造部長として配属された。1991年家族とともにウラジオストク市に移り、ロシアとスウェーデンの合弁会社「東アジア」の支配人となった。2003年7月から「ナホトカ漁港株式会社」の執行委員長の決定によって、社長に就任した。2004年12月19日、ナホトカ市民によって市長に選ばれ、現在に至っている。
(写真4 ナホトカ市長 |
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5.社会状況
2005年1月現在におけるナホトカ市の人口は17万4700人で、沿海地方全体の8.6%を占めている。市民の平均年齢は36歳である。人口構成は生産年齢人口未満が18%、生産年齢人口60%、生産年齢人口以降のいわゆる高齢人口が22%となっており、男女比では男性51%、女性49%となっている。先住民族は居住していない。なお、生産年齢人口は男性の場合16〜60 歳、女性は16〜55歳である。 |
6.経済
| ナホトカは将来有望な国際貿易の拠点である。ナホトカを通じて世界的にも最も重要な輸送経路が通過しており、ロシア・ヨーロッパ部から、中国、韓国、日本、ベトナム、カナダ、アメリカのほか、太平洋諸国への貿易航路が開かれている。 ナホトカ港は、世界の42カ国以上との関係を支えている。戦力的な優位性は、水深のある天然の不凍港(ナホトカ商港、漁港、石油港とボストーチヌイ港)で、高度に整備されたインフラを有することである。 また、ロシアにおける貨物の積み替えの重要な拠点であり、ナホトカを通じてアジア太平洋諸国との海外取引の多くが実現している。
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(写真5 クレーンが立ち並ぶナホトカ商港) |
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| 複合的な運輸サービスを提供するシステムが完備された運輸拠点であることが、経済的なポテンシャルの基礎であり、市経済を特化する主要な部門となっている。
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| ナホトカ市経済の主要な部門は、海上輸送、漁業、石油製品卸業、建設業、商業である。2004年における部門別構造における最も大きな割合を占めているのは、運輸の32.1%、工業の31.8%、商業の25.5%である。高いレベルにあるナホトカ経済は、対外市場を指向している。 ナホトカは、経済的重要性に関しては、沿海地方第二の都市である。沿海地方全体でみると、工業製品13.8%、消費物資の22.9%が製造され、沿海地方の予算ベースでは税収の12.8%を占めている。 2004年におけるナホトカの主要な部門の生産高は245億ルーブルであり、生産量は2003年の水準と比較すると11.4%の増となっている。また、海上貨物輸送量は1998年と比較すると約3倍になっている。 |
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| ナホトカには、国内市場でも国外市場でも劣ることのない製品やサービスが供給できる競争力あるセクター(漁業や海上輸送など)が形成されている。 船舶修理の競争力のあるサービスは著しく成長を遂げた。企業の設備は極東でも優れたものの一つとなっており、そのためにどのような困難な状態の船舶の修理をも可能としている。 類のない企業群(コンプレックス)は高い価値の作業を可能とし、近年では海外でも反響を呼んでおり、 最近では、世界的な水準に達することも可能な新しい技術も導入されている。 |
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| 市の大企業は ロシア海運局「ロスモルポルト」ヴォストーチヌイ支局 (株)ヴォストーチヌイ港 (株)ナホトカ遠洋漁業局 (株)ナホトカ商港 (株)ナホトカ・オイル (株)沿海船舶会社 (株)ナホトカ船舶修理工場 (株)ナホトカ製缶工場 (株)ナホトカ漁港 であり、これらの企業は市や沿海地方における高額納税者にもなっている。 |
(写真6 日本からの中古車が並ぶ商港)
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| ナホトカにとっては、将来展望が開けており、今も建設と発展を続けている。 特に、ウランゲリ地区の発展が著しい。国際プロジェクト「サハリン2」のための掘削プラットフォームの建設は、極東における運輸拠点としての発展の触媒となっているとともに、新たな投資の蓄積、資本、労働力の移入を可能とし、また、船舶修理工場や絶縁パイプ工場など、市の多くの企業の事業拡大を促すこととなっている。 経済的な成長を支えているのは、小ビジネスの発展でもある。現在、1000を超える小企業が活動している。小ビジネスは商品、労働、サービスの全生産量の33%、納税額の22%、雇用者数の44%を占めるとともに、全ての経済部門に及んでおり、経営者にとっても小売業やサービス業が最大の魅力となっている。
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(写真7 ソ連時代にはなかった沿道広告) |
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7.交通
1)道路 市内道路の総延長は511.45km、そのうち4.8kmを沿海地方政府が、506.65kmは市が管理している。市の中心部には、延長22.5kmの幹線道路「ナホトカ大通り」が配置されており、大量の自動車交通を処理している。 |
2)鉄道 ナホトカは、ロシア・ヨーロッパ部と極東を結んでいる世界でも最大の鉄道「シベリア横断鉄道」の最終地点である。市内にある鉄道駅は極東鉄道管理局下に置かれている。 |
3)空路 ナホトカから165km先のアルチョム市にウラジオストク国際空港がある。ロシア国内の主要都市はもちろんのことアジア太平洋諸国の国々との間にも航路が開設されている。 |
8.教育
1)ロシアの教育制度 新しいロシアの教育制度は1992年に制定され、6歳入学の11年課程となっており、9学年(15歳)までが日本の小中学校に相当する。 |
2)ナホトカの教育 学齢前の教育システムとして、36の幼稚園が運営されており、そのうち6つは小学校に併設されている。 |
9.スポーツ
| 市内には7つの市営の体育・スポーツ教育施設がある。ナホトカのスポーツマンたちは、ロシアだけではなく、世界のファンを自らの記録によって一度ならず喜ばせてきた。 | |
(写真8 06年小樽市のヨットマンが訪問) |
すでに日本の舞鶴市や小樽市のスポーツマンたちとの競技は伝統になっている。 ナホトカではヨットマンたちによる国際的な競技会が何度か開催されている。これを助長しているのが、ナホトカの地勢的条件や天候であり、「アンタレスヨットクラブ」や世界に知られた「ナホトカ」の名前とホスピタリティである。 陸上競技、バスケットボール、ボクシング、サッカー、バレーボールのほか、格闘技やチェスなどこれら全てを市民は楽しんでおり、市による競技会やオリンピックが開催されている。たとえば、野球、ボーリング、パラグライダー、シンクロナイズ ドスイミング、モトクロスなど企業家の支援を得て新しいスポーツも生まれ育っている。 |
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もちろん、サッカーチームオケアン(Океан ロシア語で「大洋」の意)に対する関心は特別である。チームはまだ全ロシアチャンピオンの座に就いたことはないが、 ナホトカ市民の誇りである。そして、行政、民間企業、ファンの共同の努力によりチームのスタジアム「ヴォードニク(Водник ロシア語で「水運従事者」の意)の改築を行った。 チームに付属する少年体育学校では500人の児童がトレーニングに励んでいる。市の南の地区では近代的なスタジアムの建設が行われており、これは市や沿海地方のスポーツ愛好家にとって最良の贈り物となるであろう。 体育・スポーツの分野では200人を超える正規職員とおよそ400人のボランティアが勤務している。 |
10.文化
| 市民にとって、市内の創造的な組織やグループは誇りである。 一つには、ロシア連邦文化功労者で、名誉市民であるゴルブリ・Y・V氏が常任指導者であるナホトカ市吹奏楽団、もう一つは、同じくロシア連邦文化功労者のネステンコ・V・P氏の指導によるナホトカ市サーカス団「マリンキープリンツ」(Маленький Принц ロシア語で「小さな王子」の意)である。 ナホトカ市民族楽器オーケストラ(指導者ボグラーノフ・A・P氏)やナホトカ市コーラスアンサンブル「プリモールチカ」(指導者クルィギナ・S・D氏)などはロシア民族の伝統を維持し、発展させている。 |
(写真10 市立文化センター) |
| また、社交ダンスアンサンブルの「ナジェジダ」(Надеждаロシア語で「希望」の意)は、ロシア連邦文化功労者であるアンドレーヴァ・N・Y氏の情熱と熱意によって小さなスタジオから世界でも知られたアンサンブルへと成長した。すでに「ナジェジダ」の出身者たちが、「スタイル」「ベルニサジ」「ビクトリア」といった自分たちのサークルを創設している。
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(写真11 市立音楽芸術学校) |
現代舞台芸術の分野においても、「スベトラーナ」(指導者デリムハメドバ・S・G氏)や「フェストライン」(指導者グローヴァ・L・Y氏)といったクラブのほか、ジャズコーラスグループ(指導者ゴルブリ・Y・V氏)が成熟している。 市行政府は、文化や芸術に関する施設の保持に努めるとともに、創造的な集団に対しても支援を行ってきた。 また、ナホトカ市民の文化水準の向上に資する行政サービスを推進してきた。現在市内には、市民や来街者のために、11のクラブや文化会館、博物館、15の図書館、7つの児童音楽芸術学校が開設されている。 |
11.国際交流
アジア太平洋諸国との姉妹都市関係は密接な経済協力、伝統的な国際関係を促進している。
これら全ての姉妹都市は吉林市を除いて港湾都市である。 |
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| 2006年9月21日、ナホトカとタイのプーケット州が姉妹関係の樹立に関する同意書に署名した。ナホトカ市長のオレグ=コリャージン市長とヒラン=カライアナミット州副知事が歴史的な文書に署名した。 両者は、二つの地域の姉妹関係はビジネスや貿易のほかスポーツ、文化に至るまでさまざまな分野において友好関係を促進するものと確信していると話した。 ロシアにとって、今日世界で十指に入る保養地となっているプーケットは自らの観光基盤の整備を進める上で大いに参考になるものだ。また、タイにとっては、ロシア極東やナホトカは特に自然観察ツアーの適地となり得る。すでに、ナホトカやナホトカの観光地としての可能性を探るため、ナホトカへの試験的なツアーが合意に達している。 港湾都市ナホトカの56年の歴史において、プーケット州は8番目の友好提携となった。 |
(写真12 プーケット州との姉妹都市提携) |
本稿はナホトカ市行政府発行の2005年版市政要覧やナホトカ50年史を翻訳し、2.沿革の項で「世界史のなかの満州帝国」(*1宮脇淳子著PHP新書刊) および「ウラジオストク物語」(*2原暉之著三省堂刊)の一部を引用しました。 |














