日本遺産の申請結果について

 北海道の『心臓』と呼ばれたまち・小樽〜「民の力」で創られ蘇った北の商都〜

 令和2年6月19日に文化庁より不認定の結果を受けました。

 しかし、構成文化財は「小樽文化遺産」でもありますので、地域活性化に向けた取組みを進めていきます。

 

ストーリーの概要

かつて小林多喜二は、小樽のまちを北海道の『心臓』と表した。明治以降、港と鉄道の「大動脈」により物資と人が押し寄せ、巨大な番屋、石造りの倉庫を造っていった。明治後期には壮麗な大手銀行や商社の支店が造られ、経済の「血液」・金融の力で北日本随一の商都に飛躍して栄華を極め、運河をはじめ近代的なインフラが「骨格」としてまちを支えた。

昭和後期、運河保存運動を経てまちを愛する市民たちの「民の力」で、ロマン溢れる歴史的な建物とまちなみはカフェなどの飲食店、博物館等の文化施設に活用され、文化と観光の「心臓」に生まれ変わった小樽は、国内外から訪れる人たちを魅了している。

構成文化財(一部抜粋)※37件

 小樽運河小樽運河の写真

 小樽のシンボルともいえる小樽運河は大正12(1923)年完成。

 艀荷役の効率化のために沖合に造られた。

 小樽の黄金期を物語る史跡。

 (小樽堺町〜色内3丁目周辺)

 

旧青山別邸の写真 旧青山家別邸

 大正12(1923)年建設。ニシンで財を成した青山家によって建てられた邸宅。

 ニシン漁家の栄華を物語る遺構。

 (小樽市祝津3丁目63小樽貴賓館HP(外部サイト)をご覧ください。)

 

 

松前神楽の写真 松前神楽(国指定重要無形民俗文化財)

 明治前期に道南より伝来した神楽。

 ニシン漁の漁夫たちが故郷の祭礼とともに小樽にもたらした習俗。

 

 

忍路鰊漁撈の行事の写真 忍路鰊漁撈の行事

 明治初期からニシン漁で歌われた労働歌及び風俗。

 東北や道南からの出稼ぎ漁夫によっもたらされた。

 

 

 

旧手宮鉄道施設の写真 旧手宮鉄道施設(国指定重要文化財)

 明治18(1885)年竣工ほか。石炭輸送のために建設された幌内鉄道にかかわる施設群。

 日本の近代化を支えた北海道の石炭は、ここから全国に運ばれた。

 (小樽市手宮1丁目3-6小樽市総合博物館本館

 

 

旧日本郵船株式会社小樽支店の写真 旧日本郵船株式会社小樽支店及び附属倉庫群(国指定重要文化財)

 明治39(1906)年に工部大学校一期生の佐立七治郎が設計。

 周辺の倉庫群を含め、商業都市として変貌した明治後半の小樽の姿を象徴する建物。

 (小樽市色内3丁目7-8旧日本郵船(株)小樽支店保存修理工事のため休館中)

 

 

日本銀行旧小樽支店の写真 日本銀行旧小樽支店

 明治45(1912)年に工部大学校一期生であり、当時の日本建築会のリーダーであった辰野金吾ら

 が設計した。

 金融の面でも北日本の中心となった小樽の象徴的存在。金融資料館として公開中。

 (小樽市色内1丁目11-16日本銀行旧小樽支店金融資料館HP(外部サイト)をご覧ください。)

 

JR小樽駅の写真 JR小樽駅本屋及びプラットホーム

 三代目の駅舎としての昭和9(1934)年に完成。

 商都小樽の玄関としてふさわしく、当時鉄道省主要駅と同じデザインが採用されている。

 (小樽市稲穂2丁目22-15)

 

 

色内銀行街の写真 色内銀行街

 明治末から昭和中期に建設。

 10件の建築から構成される半径500メートルの範囲に銀行建築が建ち並ぶ景観は、全国的にも

 小樽でしかみることができない。

 (小樽市色内1丁目周辺)

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