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おたる文学散歩

 

第18話  小樽のまちの本屋さん(広報おたる平成19年12月号掲載)   

 小樽で最初に本を売ったのは、呉服・雑貨の店、近江堂といわれています。近江堂は、明治27年に住ノ江町で開業した店で、明治42年に花園町へ移り、呉服・雑貨のほかに本と文具を扱いました。また明治36年、小学校の校長を退職した工藤道忠(くどうみちただ)氏が住吉町で工藤書店を開業。その後、山田町から花園町へ移転し、古本やレコードも扱いました。二階は文学青年たちのたまり場にもなっていたそうです。工藤書店の名は、伊藤整の自伝的小説「若い詩人の肖像」の中にも名が出てきます。

 

「工藤書店の、少し前のめりになった陳列台からその雑誌(小林多喜二たちが発行していた『クラルテ』)を手に取って読みながら考えた。そして私はその雑誌を買わなかった」

 

 高島町に明治30年代、魁文堂が開店。その廃業後、左文字万造(さもんじまんぞう)氏がこの店を色内町へ移し、左文字書店を開きました。大正13年には花園町へ移転。昭和に入ってからは漁網・漁具関係の図書出版も行っています。

 

 近江堂からのれん分けで独立した店は多く、大正2年に清水松太郎(しみずまつたろう)氏が小樽駅前に開いた、いろは堂書店もその一つ。昭和期、小樽で何回か開かれた博覧会では、さまざまな絵はがきを出版しました。そして丸文書店は、大正15年に近江堂に勤めていた成瀬為次(なるせためじ)氏が開いた店です。

 

 30年代から40年代は「町の本屋さん」の最盛期。ミノル書店、サンエス書房、みどり書房、東京堂書店、カヤノ書店、伊藤孝文堂、伊藤商店、新月堂書店、新星堂書店、ニイノ書店、カネコ書店などが相次いで開店しました。小樽出版物小売商組合には三十二店舗が加盟していたこともあります。

 

 こうした「まちの本屋さん」も、現在では大型店やコンビニ、さらにはインターネット通販などに押され数が少なくなっています。しかし、サンダル履きで気軽に立ち寄れる「まちの本屋さん」は、本を介した小さな社交場でもあり、まちの大切な機能としての側面が見直されていくことでしょう。

 

(参考文献 「小樽の書店遷略記」工藤祐司 札幌篠路高校図書局取材「小樽の本屋さん」)

 

協力:市立小樽文学館営業中の丸文書店(昭和初期)

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