旭橋の朝日


今や急ではない三本木急坂

 観光客でにぎわう入船のメルヘン交差点。オルゴール堂の横を上る坂が三本木急坂です。今は急ではありませんが、かつては雪が降ると上れなくなるような急坂でした。
 このため、小樽郡役所では、2回にわたり道路を2メートルずつ切り下げました。1回目は明治15(1882)年で、左右の家が道路よりも高くなったため、住民は自費で家屋を切り下げました。2回目は明治18年、入船の大火の後でした。住民は焼け跡に家を新築しましたが、郡役所に今後の切り下げ計画が無いことを確認したにもかかわらず、2回目が行わ三本木急坂れたため、住民は再度の切り下げを余儀なくされ、大変怒ったそうです。
 三本木という名は、坂の中腹に三本のアカダモ(ハルニレ)の大木があったことに由来します。この木は、明治18年の切り下げで伐採されてしまいましたが、海を渡る船乗りたちの良い目印になるほど立派なものでした。
 この坂を中ほどまで上ると左手の丘に、古いたたずまいを残す建物があります。これは海陽亭(旧魁陽亭)という料亭で、明治初期に開業し、伊藤博文などの公人をはじめ多くの著名人が訪れた場所です。明治39(1906)年の11月13日には、日本郵船(株)小樽支店で開かれた日露樺太国境画定会議の後の祝宴会場として歴史の舞台にも登場し、また、作家山口瞳の随筆「小樽、海陽亭の雪」にも描かれたほど有名な料亭です。
 かつて著名人も歩いた坂の道。歩く胸中にはどんな思いがあったのでしょう。政界のことか、それともひいきの芸者のことか。想像しながら楽しく歩いてみてはいかがでしょう。

協力:小樽史談会

三本木急坂

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