小樽ゆき物語


コッフさんと外人坂  前編

 小樽港と石狩湾のパノラマが手にとるように一望できる水天宮。その境内から海側に、のぞき込むように急で長い階段があります。足元に気を付けながら123段の階段を下ると、さらに下り坂が続いています。ここは、かつてこの道沿いの家に、外国人一家が暮らしていたことから外人坂と呼ばれています。この坂の海に向かって右側に、大正2年から昭和25年まで37年間小樽で生活していた、ドイツ人貿易商カール・コッフさんと家族が住んでいました。
 小樽港は当時、道内産のナラ(楢)のインチ材をヨーロッパに輸出する貨物船でにぎわっていました。このインチ材は、外人坂特にイギリスではオークとして、家具などに珍重されました。昭和12年の貿易統計では、輸出総額3700万円のうち、インチ材が889万円と、全体の24パーセントを占めるほどでした。
 ドイツ・ハンブルグ市に本社のあるゲルトネル商会も明治42年に小樽に支店を開設し、このインチ材の輸出をしていました。コッフさんが大正2年にゲルトネル商会に来たとき、彼はまだ18歳の青年だったそうです。
 コッフさんは大正11年に結婚し、小樽で一男一女をもうけました。小樽生まれのグンター君とエルガさんは、近所の道路で自転車に乗り、冬は坂でスキーをする姿が見られたそうです。お嬢さんのエルガさんは親しくしていた近所の奥さんから「菊」という日本名をつけてもらったほどかわいがられていました。
 港を見下ろすコッフ家からはたくさんの外航船でにぎわう小樽港が見えたことでしょう。一家の暮らしにも変化のときが訪れました。

外人坂の地図

このサイトは島根県CMSで構築されています。
Copyright © 2009 Otaru CIty.