小樽ゆき物語


番外編:日本一の坂(室蘭市)

 平成13年4月に始まった「おたる坂まち散歩」。今回は番外編として室蘭市にある「日

日本一の坂(室蘭市)

本一の坂」を紹介します。「なぜ室蘭の坂を」とお思いの方はどうぞ最後までお読みください。
 室蘭は小樽と同じ港町。太平洋に釣り針のように突き出た絵鞆(えとも)半島に守られた室蘭港は天然の良港です。石炭積み出しのために鉄道が敷かれた歴史も小樽港と似ています。
 港の南端にある旧室蘭駅は小樽の旧手宮駅のように終着駅となっています。明治45年建造で道内最古の木造駅舎であるこの旧室蘭駅舎は、平成9年に500メートルほど室蘭駅が移転した際に市に譲渡され、現在は観光案内所になっています。
 さて、日本一の坂は、旧室蘭駅向かいの釣具屋の脇にあります。上り口の「日本一の坂」の標柱に、「なぜ『日本一』なのか」と興味がわきます。
 坂自体は海岸段丘のがけを斜めに上る、ひっそりとした小路といった印象です。道の真ん中に手すりがあり、左側は緩やかな階段となっています。ゆっくりと上ると、すれ違う人と自然にあいさつを交わしたくなるような風情のある坂です。
 坂を上り、振り返ると目前に港の風景が広がっています。傍らには坂の案内板があり、説明文に「この気宇壮大な『日本一の坂』の由来は、※千九百年頃(ごろ)そば屋がこの坂下(現室蘭釣具店)に『福井庵日本一』の屋号を掲げて店開きしたことから」とあります。なんだ「日本一」とはそば屋の名前であったのかと、担がれたような、それでいて愉快な思いがこみあげます。
 さて、室蘭の郷土史に詳しい方に伺いますと、そば屋の店主は大沢運次郎といい、店は人で賑わう室蘭駅前で大繁盛しました。しかし、表向きはそば屋でも、運次郎は実は博徒で夜になると店でばくちを開帳していました。さらに大沢運次郎とは偽名で本名は三木竹松といい、殺人の容疑でなんと小樽から逃げてきたお尋ね者でした。
 あるとき運次郎が夫婦げんかをした際、女房が「人殺し」と口走りました。そのころ別件で刑事が店に頻繁に出入りしたため、罪がばれたと早合点した運次郎、悩んだあげく最後はピストル自殺を遂げてしまったと巷説(こうせつ)は伝えています。
 さて次回は、これまた小樽とかかわりのある「世界一の坂」をご紹介しましょう。

※1910年ごろとされています。

取材協力 室蘭地方史研究会・室蘭市市民対話課

           旧室蘭駅舎

 

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