おたる文学散歩 第2話

公開日 2020年10月21日

更新日 2021年01月14日

第2話 並木凡平「丘荘日記」(広報おたる平成18年8月号掲載)

 朝の陽にすかすコップの字は浮いてこれは売れるぞ妻につぶやく

 トウチャンはカイシャと言はぬ児の前に並べるコップはおもちゃではない(「裏庭の作業」)

 

 昭和12年11月、口語歌人 並木凡平は、長年勤めた小樽新聞社を突然解雇されます。経営者の交代による内紛に巻き込まれたようですが、20歳ころから道内各地の新聞社を経て、小樽新聞社に入社し17年、根っからの新聞記者であった凡平は、47歳にしての失業に困り果てます。

 

 そのときに思いついたのが、「凡平歌コップ」の製作販売でした。

 

 「化学応用の左記容器です。作品は貧しくも短冊や色紙より家庭的実用に役立つたことを思ひ何卒御試用下さるなら幸ひです。

 凡平お銚子 一個 八十銭

 凡平カツプ 並 五個一組 一円......

 小樽市奥沢町旭台 化学芸術研究所 並木凡平」(並木凡平「私の開業挨拶」)

 

 「化学芸術研究所」などと大げさな書き方をしていますが、これは並木凡平が昭和4年から小樽を離れる昭和14年まで10年間住んだ奥沢町旭台(現奥沢1丁目)の住宅の、小さな裏庭のことです。薬品を使って、コップなどガラスの器に、自作の短歌を刻み付けるのです。

 

 「五月五日 歌学?コップ作製に汗だく。ストーブを持出して薪で木炭節約、辛くも二打を完成せるも五六箇失敗は是非なし......

」(「丘荘日記」)

 

 並木凡平が雑誌「青空」に連載した「丘荘(丘の家)日記」には、こうした日々の悲喜こもごもが、丁寧につづられています。

 

 「凡平歌コップ」は好評で売れ行きも順調でしたが、歌人、新聞人として失意の凡平を励ましたのは、昭和13年9月、弟子や友人によって朝里不動尊境内に建てられた、並木凡平歌碑でした。

 

 廃船のマストにけふも浜がらす鳴いて日暮れる張碓の浜

 

 昭和14年、凡平は室蘭の新聞社に招かれて、小樽を去り、2年後急逝、51年の生涯を閉じました。

 

 (ちょうしに刻まれた歌)

 雪虫の 背なにたかって ほのやかな 秋の夕陽に 呑む酒はいい 

                                            凡平

凡平ちょうしとおちょこ

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