おたる文学散歩 第20話

公開日 2020年10月22日

更新日 2021年01月14日

第20話  伊藤整詩集『雪明りの路』(広報おたる平成20年2月号掲載)

   

 小樽の冬のイベントとして今やすっかり定着した「小樽雪あかりの路(みち)」。この名前が、小樽出身の作家・伊藤整が最初に出した詩集の題名にちなんでいることはあまり知られていません。

 

 大正14年、小樽高等商業学校を卒業した伊藤整は新設の小樽市中学校の英語教諭となりました。しかし上京して文学に専念したいという思いはやみがたく、翌年の夏ごろから毎日のように中学校に宿直し、東京商科大学の受験に備える一方、それまでに書きためていた原稿を整理して詩集出版の準備を進めます。そして秋には百田宗治(ももたそうじ)の主宰する詩誌『椎の木』に参加し、創刊号に作品が掲載されました。

 

 こうしてこの年の12月1日、伊藤整の第一詩集『雪明りの路』が世に送り出されます。発行所の名義は整の希望により椎の木社となっていますが、実際には年末の賞与をすべてつぎ込んだ自費出版で、印刷には同僚の父親が経営する印刷所が当たりました。

 

 「此処(ここ)に集められたものを見てゐ(い)て私は涙ぐんでしまつた。何もかもが其処(そこ)から糸をひく様に私に思出されるのである。之(これ)が今までの私の全部だ。なんといふ貧しさだらう。幾年もの私がこんな小さな哀(あわれ)なものになつて了(い)つた。私はまた之からこの詩集を懐にして独りで歩いて行かなければならない。頼りないたどたどしい路(みち)を歩いて行かなければならない」(序文より)

 

 ひそかな自信の一方、緊張と不安におののきながら出されたこの詩集でしたが、高村光太郎(たかむらこうたろう)、小野十三郎(おのとうざぶろう)、中村恭二郎(なかむらきょうじろう)ら当時の著名な詩人たちの激賞を集めました。新しく、さまざまな傾向が激しく詩壇を揺り動かしていた大正末期。むしろ古風であったものの、すぐれて感受性の豊かな青年が誠実につづった北国の叙情は、かえって新鮮な驚きと感動を彼らに与えたのです。

 

 この成功を足掛かりに、伊藤整は翌年上京を果たし、作家活動に専念することになります。しかし、それは郷里の優しい自然と豊かな情愛に恵まれた幼少年期との、永遠の決別でもありました。

(参考 伊藤整『若い詩人の肖像』講談社文芸文庫)

 

小樽文学館の伊藤整コーナー

小樽文学館では、伊藤整が大切に保存していた「雪明りの路」のノートや原稿、初版本など、若き日の詩に寄せる情熱が溢れるように伝わる資料を多数展示しています。

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