公開日 2020年10月22日
更新日 2021年01月14日
第21話 酒と文学(広報おたる平成20年3月号掲載)
小樽の伏流水は、早くから名水として知られています。酒の醸造にも適しているとされ、明治半ばには酒類商が次々と創業しました。小樽で醸造された地酒は安価で、庶民の生活にも負担をかけず、暮らしに潤いを与えてきたのです。
酒を愛した小樽の文人としてすぐに思い浮かぶのは、口語短歌の並木凡平です。凡平は明治24年札幌生まれ。道内の小新聞社にいくつも勤めた後、大正9年に小樽新聞社へ入社。昭和初めには、小樽新聞に口語短歌欄を設け、月刊の『新短歌時代』を発刊しました。
また凡平は、「オミキノンベイ」とあだ名されるほどの酒好きで、日々の哀歓を酒とともに詠んだ歌をいくつも残しています。
一本の晩酌のんで原稿のちらばる部屋に寝転ぶはいい
酒倉の前にさいてるたんぽぽも酒をふくんでゆれて居ります
モッキリの元気に妻をせきたてて仕事台の上にピンポンをする
海の匂ひはこんで君はここに来たこころの底もぶちまけて飲む
「人生派」の作家と呼ばれる岡田三郎には、作家自身の分身で、酒を愛する主人公のシリーズ『伸六行状記(しんろくぎょうじょうき)』があります。三郎は明治23年松前生まれで、庁立小樽中学校(現小樽潮陵高等学校)を卒業。後に依頼されて作詞した校歌は、現在も小樽潮陵高校の校歌として歌い継がれています。
『伸六行状記』は、昭和10年代の作品で、酔うと方向感覚をなくし夜中でも郊外まで放浪する人物のエピソードや泥酔した主人公を助ける行きずりの女性の善意に、心を温める話がつづられています。読み進めれば、登場人物の上に不安や不自由を増していく時代の影が見え隠れするのですが、酒がその人々の胸に淡い灯をともしています。
その『伸六行状記』」について、小樽中学校の後輩でもある伊藤整が、次のように評しています。
「酒のレンズをとおして人生がどのような美しさを、どのようなユーモアを、どのような悲しみを展開するかという事実を、この小説のように捕えて見せたものはないであろう」。
並木凡平 岡田三郎