おたる坂まち散歩 元育成院の坂 けっぱれ奥沢

公開日 2020年10月27日

更新日 2021年01月14日

おたる坂まち散歩

 

元育成院の坂

奥沢小学校の脇の坂を上っていくと、右手に栗山公園、そして左手には平成16年に建った真新しい奥沢中央団地があります。ここから道は入船に下っていきます。地元の人たちは、この坂のことを今でも「元育成院の坂」と呼んでいます。
育成院は現在の奥沢中央団地の場所にあった老人ホームです。昭和39年にオタモイに移転して40年以上になるの

 

に、いまだに坂の名前として残っていることに興味を引かれます。
 奥沢は昔からゴム工場や酒蔵が並ぶ工業の盛んなまちでした。昔は、朝夕の通勤時間には、市内各所からたくさんの勤め人たちが列をつくって坂を歩き、奥沢に通う光景が見られたそうです。それも、この坂が奥沢と、入船・花園方面を結ぶ数少ない道路だからでしょう。
 また、奥沢にはスキーに適した斜面や丘がたくさんありました。奥沢小学校の上にある栗山もそのひとつで、坂を挟んだ向かいにも、地主さんの名前から「伏見の丘」と呼ばれていた斜面があり、子どもたちは盛んにスキーをしました。
 スキーと言えば、奥沢は特にジャンプが盛んな土地柄でした。冬になると栗山や伏見の丘には、大小の手作りのジャンプ台が並びました。奥沢小学校では、学年別のジャンプ大会を開催したほどで、奥沢のまちぐるみでジャンプに熱中し、「けっぱれ(頑張れ)奥沢」と応援しました。子どもがジャンプの練習をしないで家で本を読んだりしていると、父親が「おめえ、なしてジャンプさ飛ばねえ」と怒って練習に行かせたという話も伝わっています。
 奥沢小学校の卒業生からは、昭和7年の第3回レークプラシッドオリンピックで8位になった安達五郎(あだちごろう)をはじめ、数多くのジャンプ選手を輩出しました。いわば、ジャンプは奥沢のまちの誇りともいえるものでした。
 今では、子どもたちがスキーで滑って遊んだ斜面にも住宅が建ち並び、ジャンプ台があった場所の面影も失われてしまいました。子どもの数も減って、ジャンプはおろか、外でスキー遊びをする子どもたちの姿もあまり見かけなくなりました。しかし、昔この奥沢のまちから、ジャンプを通じて、文字通り世界に飛躍した若者たちがいたことを、坂はきっと覚えていることでしょう。  
 

元育成院の坂の地図

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